B先生との会話を終えたあとも、どうしても聞きたいことが残っていた。
それは、

先生が生徒の身体に触れる必要があったのか

そして、なぜその出来事を保護者に伝えなかったのか
この2点だった。

電話口で改めて尋ねた。
「先生が子どもの顔のあたりを触るような場面は、教育的に必要な指導だったんでしょうか?」
「こうした行為は日常的にあるものですか?」

体罰は今の教育現場では厳しく禁止されているはずだ。
どんな経緯であれ、授業中に教師が子どもの顔に手を触れる――それは指導とは呼べない。
私はそう感じていた。

「大丈夫」という言葉で終わらせてほしくなかった

もうひとつ、聞かずにいられなかったことがある。
「なぜ保護者に伝えてくれなかったんですか?」

授業中に教科担任と息子の間で何かがあったことを、担任は知っていた。
それなのに、詳細を確認することもなく、連絡もなかった。
「息子に『大丈夫か?』と聞いたら『大丈夫』と答えたので」――その一言で済ませてしまっていた。

けれど、子どもの「大丈夫」は本当に大丈夫の意味ではないことがある。
まして、クラスで“先生が誰かを叩いた”と噂になるような出来事だ。
放置していい話ではなかったはずだ。

学校側の答え

学校の先生から返ってきた言葉は、丁寧ではあったが、どこか形式的にも聞こえた。

「至らなかった点があり、申し訳ありません。
叩いたという事実があったとすれば、行きすぎた指導と言わざるを得ません。
そのような方法での指導は許されるものではありません。
今後はこのようなことがないようにしていきます。
当該の先生にはしっかり注意・指導し、再発防止に努めます。」

その言葉を聞きながら、どんどん感情が冷めていくのを感じた。
あやまってもらっても、起きたことは変わらない。
「謝罪」や「再発防止」という言葉を聞くほど、
――私が求めているのはそれじゃない、という思いが強くなっていった。

謝ってほしいわけじゃない。知りたいのは、何が起きたのかという事実。
それだけだった。

すれ違うままの電話の終わり

最後に、先生は何度も「申し訳ありません」と繰り返した。
私は「ありがとうございます」とだけ答えて電話を切った。
感情をぶつけても意味がないと思いながらも、心の中はもやもやしたままだった。

数分後、再び電話が鳴った。
担任からだった。
「息子さんから、当日の話を直接聞かせてほしい」と言われた。

――そのやりとりが、次の出来事へとつながっていく。

ABOUT ME
みかん
子育て中の母親。みかんが好き。子どもが学校で受けた体罰をきっかけに、ひとりの親として経験したことを記録しています。「学校と戦わない姿勢」を心がけていますが、気持ちは常に戦っています。日々は穏やかなのが一番。