第三者と友達の存在
― 支えられているという実感と、見えなかったもの ―
今回の出来事の中で、強く感じたことがある。
それは、
「第三者の存在」と「周囲の支え」の大きさだった。
学校とのやり取りは、どうしても当事者同士になる。
そうなると、
・感情が揺れる
・視点が偏る
・判断に迷いが出る
冷静でいようと思っても、難しい場面が続く。
第三者の存在
そんな中で、第三者の存在は大きかった。
・話を整理してくれる
・客観的な視点を示してくれる
・感情と事実を切り分けてくれる
そして何より、
「一人で抱えなくていい」と思えること。
これは、想像以上に大きな心理的支えだった。
私自身と地域との関わり
ここで、少し私自身のことも書いておきたい。
櫻井さんとの出会いをきっかけに、
私は一人の母親として、武豊町の子育てに関わるようになった。
出会ったときの櫻井さんはまだ武豊町議会議員ではなく、NPOの代表だった。
地域でたくさんの人と関わりながら子育てをしたい。
そんな思いから、
・ママサークルの運営
・市町村との協働事業
・委託事業
・NPOでの活動
など、子育てに関わる様々な取り組みに関わってきた。
趣味である楽器を通じて、
地域でのボランティア演奏も続けてきた。
代表の立場ではないし、目立つ存在でもない。
それでも、
地域の子育てに関わり続け、
行政関係者とも関わらせてもらいながら、
「武豊町での子育てをもっと豊かにしたい」
「子どもも親も過ごしやすい町にしたい」
そんな思いで、たくさんの人と一緒に取り組んできた。
「たくさんのひと」 の中には、武豊町職員、学校関係者、町内の教員ももちろん含んでいる。学校教育課の方とも、不登校支援や町内イベントを通して関わっている。
だからこそ感じること
今回の息子の体罰問題は、
とても残念な出来事だった。
学校の先生も、関係者も、行政の方々も、
仕事やプライベートでは「いい人」だということは分かっている。
ただ、今回の件は
個人同士の関係ではない。
学校という組織、
教育という仕組みの中で起きたこととして、
分けて考えなければいけないと思っている。
支えてくれる存在
その中で、前の投稿でも書いたが、
武豊町議会議員の櫻井さんの存在はとても大きい。
町の動き方や、一般町民では分からないこと。
「これはおかしいのではないか」と感じたことを、
代わりに確認してもらうこともあった。
また、自分が冷静でいられない時に、
第三者としてどう見えるか、
意見を聞かせてもらうこともあった。
櫻井さんとは、もう10年以上の付き合いになる。
武豊町に越してきて、
息子を妊娠していた頃に出会った。
先輩ママとして、
仕事仲間として、
仕事先の代表であり上司として、
ママサークルの一員として、
地域で相談できる人として、
子どもたちの成長を共に見てきた存在として、
そして、一人の友人として。
そうした関係性の中で、
今回も変わらず支えていただいている。
息子を支えているもの
そして、もう一つ。
何よりも大きいと感じている支えがある。
それは、息子の友達の存在だ。
今回の件について、
友達から悪く言われることは一切ないと聞いている。
むしろ、
「大丈夫?」
と声をかけてくれた子がいた。
当日の様子についても、
「先生に何かしたわけじゃないよ」
「ただ座っていただけだよ」
そう話してくれる子がいた。
息子自身も、
「友達のことはみんな好き」と話している。
学校が好きだという気持ちも、
その大きな理由は友達の存在なのだと思う。
発覚後、しばらくして2週間ほど学校に行けない時期が続いた。
ふと、また学校に行くことを決めた息子は、
なんとなく今のままじゃだめだと思う
先生のことは自分が気にしないようにしていけばいい
なにより友達に会いたい
そういって、学校生活へ戻っていった。
いい友達に出会えたこと。
気にかけてくれる子たちが周りにいること。
それは今回の出来事の中で、
心からよかったと思えることだった。
表に出なかった理由
一方で、考えなければならないこともある。
小さな町だからこそ、
良いことも悪いことも耳に入りやすい。
これから先、
我が家にとってあまり聞きたくないことが、
耳に入ってくる可能性もあると思っている。
子どもに起きたことを知りたいと行動する中で、
「大げさではないか」
「モンスターペアレントなのではないか」
そう受け取られることも、
もしかしたらあるのかもしれない。
それでも、思う。
子どもに関わる学校が、
大人が、
「悪いことをしたら謝る」
「正直に話す」
「謝って仲直りする」等
そうやって日々子どもたちに様々なことを伝えている。
しかし目の前で、大人自身ができていないように見えることが実際にはある。
教育する立場にある、それも職業としている大人の、言動や行動として、
息子に対して向けられた行動や言葉は適切だったのだろうか。
うまく言葉にできないけれど、
その違和感は、ずっと残っている。
支えと、残る違和感
今回、私は多くの人に支えられている。
その一方で、
なぜこの出来事が、
その時点で表に出なかったのか。
その構造についても、
考え続けている。
支えがあったから進めてこれたこと。
そして、
支えがなければ見えなかったこと。
この二つは、
切り離せないものだと感じている。
